卵焼きの思いで

 小学生の遠足の時弁当が惨めだったことがある。

 開けてみると白ご飯に卵焼きだった。


 みんなワイワイと彩りのある巻き寿司や果物の入った弁当を広げて食べている。

 その時、ボクは母を恨んだ。


 弁当箱を覆い隠すように持つと、ひとり一段高い岩場に駆け上がり口にがむしゃらに卵焼きを詰め込んだ。


 今から思うと母は相当無理をしてつくってくれたのではないだろうか

 おそらく母は日雇いの仕事疲れで寝込んでいたのだと思う。


 ボクの家は田舎でも貧しい方だったので、いつも遠足の弁当は湯鬱だった。

 

 いつか上級生から「おまえの弁当、土方の弁当やん」と冷やかされていたく傷ついたこともある。


 唯一赤いウインナーがボクの気持ちを慰めてくれたのだが、この日は買い出しにも行けなかったとみて大きな卵焼きだけが詰められていた。


 それでも口いっぱいに詰め込んだ卵焼きがじわっと口の中でほぐれると、ほのかな甘みが広がってボクはやんわり落ち着いた。


 やはり、母の卵焼きはいつもほんのり甘く柔らかい。



 ボクは杉林の稜線に囲まれた狭い空を見上げると一人でモグモグといつまでもその味を楽しんだのを覚えている


 自分がまだ物心つく前の単純な子供の頃の話だ。

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Sの悲劇  

 奈良の大仏様。
 直ぐそばの柱の穴を通り抜けると幸せになれるという。

 この穴を通り抜けようとした小太りのおばさんが途中で引っかかって、皆に大騒ぎで引っ張り出されたという話を聞いたことがある。

 ところ変わって香川県の高松市。
 ボクが友人のS君の実家に遊びに行った時の話だ。

 特に見るところもないが近くに神社があると言うので行ってみた。
 そこに石でできた大仏殿の柱と似たようなものがあった。

 やな予感。

「久しぶりに抜けてみるか」
 とS君ニタリ。

 ボクはS君の太鼓腹を見てとがめたが、S君はためらうことなく腹這いになって四角い穴に頭から突入した。

 芋虫のようにモゾモゾはいずる。
 うなりながらなんとかお腹の所まで突入した時、ぴたりと動きが止まった

 ひ~とS君。
 息はできるかと訊くとウンとだけ答える。

 うつむいたまま顔も回せない。
 ボクはS君のジャンパーを脱がそうとした。

 が、知恵の輪みたいになってよけい変になる。
 足の方から引っ張るもビクともしない。

 反対に回ってバンザイ状態の両手をちぎれるぐらい引っ張ると、うわぁっと言ってチョット動いた。
 が、今度はベルトの所に引っかかって止まった。

 なにかの拷問のようにS君の顔がゆがむ
 慌ててボクはS君のベルトを緩めズボンを脱がせた。
 ボクはS君の両手を渾身の力で引っ張った。

「う~ん、しあわせにぃ、しあわせにぃ~いーっ」
 と言いながらボクもS君も半泣きだ。

 その様子を遠巻きに見ていた野良犬がしっぽを巻いて逃げていく。
 
 無理矢理、何とかかんとか抜けた。

 息を切ってへちゃりこむボク。
 下半身泥だらけのパンツ一丁でうなだれるS君。

 一種の荒行を終えたような脱力感の中、人生そう易々と幸せはゲットできないと力尽きたS君を慰めた。

幼なじみ

 幼なじみのT男とR子が結婚した。
 ボクらは高知の山村のわずか24人のクラスだった。結婚したのが昨年なので、50歳を過ぎて幼なじみ同士が結ばれたことになる。

 この二人は小学生の頃からカップルだった。
 きっかけはボクが冷やかして言いふらしただけのことなのだが。

 中学を卒業するまで二人には何事もなかった、と思う。
 でも、意識しあっていたのは間違いない。
 ことある毎に、ボクやみんなから冷やかされて赤面していたので。

 高校に上がると、二人は離ればなれになった。
 成人すると二人ともそれぞれの家庭を持ち、違う人生を歩んだ。

 ここまでなら、どこにでもある話だ。
 ところが、数年前の同窓会で異変が起こった。

 T男がみんなの前ではばかることなく「離婚した」と言う。
 すると、R子も「実はあたしも離婚してたの」と言う。

「昔のカップル同士独身になったんなら、いっそ結婚したらどうだい」
 と、ボクの冷やかしにみんながドッと沸く。

 これが現実となった。
 自分にもある初恋の思い出。

 いくつになっても色あせることのない想いにこの二人、どこでどう弾みがついたのか。

 ゲスの勘ぐりのとどく範疇ではない。
 スピード感のありすぎる世の中で、普遍的な心情が数十年もの歳月を経て結ばれた奇跡を心から喜びたい。

 それにしても、人生とはわからないものである。そして、人生とは自分で切り開こうと思えばどうにかなるものなのかもしれない、とも思う。

 先週末、高知に帰郷して友人らと飲んだ。
 T男とR子は、清流の傍らに小さな新居を構えて幸せに暮らしているという。
 最近はT男とR子が仲良く竿を伸ばして鮎を釣っているらしい。

 鮎釣り師のボクらと違って、二人だけがその晩食べる鮎が釣れたらいい。春には山菜を採り、秋には満天の星空を眺め、冬にはこたつに丸まって・・・・・・爛熟の時間をしっかりと紡ぎ綯ってもらいたい。

 結婚報告の際、R子がはにかみながらボクに言った言葉が胸を突く。
「あたし絶対に幸せになるから」

 二人の結婚はボクの小学生の時の冷やかしから始まったのだ。
 絶対に幸せになってもらわなくては、困る。
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