ボクはこうして生きてきた  その20

これまでいろいろな経験をした鮎釣りだが一応目標なるものを持っている。

 一つ目は100河川を釣行することで二つ目は一日100匹釣ること、そして三つ目は30センチオーバーの巨鮎を釣ることだ。

 鮎釣りを始めて今日までの釣行河川は37河川。一日の最高釣果は91匹。最高長寸は29センチだ。

 天国に行く予定の77歳までに達成するためには、年平均2~3河川新たな川に行かなければならない 100河川行けば二つ目と三つ目の目標はついてくるはずである。

 まぁ、現役の間は無理かもしれないので、退職後にと貯金もしている。ワンボックスに乗って全国鮎釣り巡りだ。それがボクの夢であり、そんなことを考えていると人生が楽しくて仕方がない。

 昨年、ふとボクの鮎釣りの原点である徳島の勝浦川に行きたくなった。

 高速道路も千円になったことだし、とさっそく車を走らせた。

 指折り数えてみると18年ぶりだった。

 さすがに川相は変わっていたが堰堤や大きな石はそのまま残っている。

 あの時鼻カンもろくに通せなかったのに、とボクはおとり鮎に素早く鼻カンを通し瀬に送り込んだ。と、いきなりダダンガンガンッ! と強烈なアタリ。

 野鮎に竿をのされたボクは必死で下流に走った。滑ってつまずいて、尻餅をついて這ったまま竿を立ててずぶ濡れで耐える。ものすごい引きだ。やっと取り込んだのは24センチのでっぷりした野鮎だった。ボクは真っ青な空を向いてウホォーッと奇声を上げて川にへちゃりこんだ。

 対岸には一面黄色のひまわり畑が広がっている。そこにカブのおじさんが乗り付けて「釣れとるかぁ」と声を上げた。「今でかいのが来た」と返してボクは大きく手を振った。

息切れがする。熱波で景色が茹だって湾曲した。

 いつの間にこんなに歳を取ったのだろう。

 人生は胡蝶の夢、とはよく言ったものだ。

 ボクは沸き上がる入道雲を遠望しながらゆっくりと立ち上がると、足下を確かめ上流のポイントへと足を進めた。

 そして清らかな川の流れに人生を重ねながら、これからもこうやって生きていくのだろうと思った。

ボクはこうして生きてきた  その19

これが自分の車となると些細な傷でもがっくり落ち込むものだ。

 鮎釣りでは誰もが一度は経験することだが、ボクも河原に車を乗り入れてタイヤが埋まったことがある。それも買いたてのシビックだ。ふかすほどにタイヤが地面にめり込み動かなくなった。

 困り果てていたら、地元のおじさんが軽トラでガラガラと降りてくる。ボクにはその人が白馬に乗ったナイトに見えた。

「埋まったんかしょ」

 とナイトがチーンッと手鼻をかむ。

「ええ」

「よそから来た人がよう埋まるんやして。がはは」

 と勇ましくおじさんは荷台からクサリを取り出した。

 おじさんは再び手鼻をかむと、さかさかっとシビックと軽トラのおしり同士をクサリでつないだ。

「ええか、ワイがふかしたら一緒にふかせ」

 いよいよ脱出開始だ。

 軽トラのエンジン音が猛烈に上がる ボクもバックでアクセルをじわじわ踏んだ。カンカラゴンゴ~ンと砂利が車底に当たる。新車がぁ、とボクは顔をゆがめた。

 シビックのおしりがチョット浮き、ずずずっと後ろに引っ張られる。

 やったーと思った瞬間、。バーンッ! とものすごい音がした。同時にウォーというおじさんの悲鳴。

 降りてみたら鎖がちぎれていた。軽トラから降りたおじさんの眉毛が8時20分になっている。

 降車直後、ボクの眉毛は9時15分だったが、白ピカのシビックの後ろを見て10時10分になった。くっきりと真っ縦についた錆び色のクサリ模様。手でこすっても落ちないし少しへこんでいる。

 脱出できたお礼にと精一杯の笑顔をつくったが、眉毛は9時11分ぐらいにしか戻らなかった。

 ボクも痛かったが、一番痛かったのはシビック君だったろう。

 河原に足を埋められ、石のつぶてを浴びながら引きずり出され、最後にクサリのムチでおしりをイヤというほどしばかれたのだ。

 もしもシビック君の車内にアナログ時計が備わっていたら、11時5分につり上がった眉毛針が壊れるほどぴくぴく動いていたに違いない。

ボクはこうして生きてきた  その18

鮎釣りで最も驚いたのは紀伊半島の中腹にある富田川でのことだった。

 富田川と書いてトンダがわと読む。トミタがわではない。

 ダムのない清流、そこで竿を伸ばしていた。

 昼過ぎから雲行きが怪しい。ボクは雷が大嫌いだ。でも、そんなときに限って鮎が釣れ出す。

 迫る黒雲。その最中に爆釣モードはやってきた。釣れるは釣れるは入れ掛かりの出し掛かり。周りの四、五人も空を気にして見上げている。

 だが、これだけ鮎が釣れだしたらやめられない。いよいよ真っ黒な雲が頭上にさしかかった時、突然、ドワッシャーン!! と地鳴りを上げて大轟音が響いた。

 心臓がピクリとはねる。

 お、落ちた・・・・・・背後に落ちたよ。

 と身をすくめてソロリと振り向いたら、軽四が逆さにつぶれて土埃を上げていた。

 鼻白む釣り人たち。

「まさか中に人がいるんじゃないのかー」

 と誰かの叫び声。

 ゾッとする背筋をこらえてボクは近づいた。

 と、上の方からオーィと男の声がする。10メートルほど上の山道からだ。男はこちらに向かって両手を頭の上に合わせ丸をつくっている。

「大丈夫や~、誰も乗ってえへんにゃ~」

 と無理矢理つくった笑顔が痛ましい。

「サイドブレーキ引いてなかったんや~」

 と続く声が裏返っている。

 新車のワンボックスがつぶれて、スポーツカー並の車高になっていた。

 その男の人は、車から降りてボクらの釣りに見とれていたということだ。

 トンダ、川のエピソードだったが人に被害がなかったことが不幸中の幸いといえるだろう。ま、そうは言っても車はぺっちゃんこだし、人ごととはいえあまりにも悲惨な出来事だった。

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