とにかくボクは鮎釣り師となって各地の川へ出かけた。
瀬に立ち込んで鮎釣りをしていると、川のせせらぎしか耳に入らず夢中になることがある。有田川の明恵の瀬で鮎を釣っていた時のことだ。
なかなか釣れなかったが、一匹釣れてから調子よく上がりだした。夢中になっていたら川のせせらぎより大きく、ウ~ウ~とサイレンが鳴る。続いて「どこそこの竹藪から火が出ました」との放送が響いた。
どこそこのが聞こえなかったが、竹藪かと暢気に釣りを続けていた。
橋の上に何人かの人が来てボクの方を見ている ボクは有頂天になって、見たかという感じでカッコ良く竿を繰った。
と、背後でかすかにぱちぱちと音がする。後ろにもギャラリーが来て拍手までくれたかと、ボクはナルシスト冥利にひたっていた。
遠くでチンチンと消防車の音が聞こえはじめ、その音がだんだん大きくなって橋のたもとで止まった。どさどさどさと消防士らがホースを持って河原に降りてくる。
なんだと思って振り向いたら、ボクの後ろの竹藪が燃えていた。
どっしぇー、こ、ここかいなっと橋の上を見たら野次馬で一杯だ。幸い火事は鎮火したが、今度はボクの顔に火がついた。
望外のワンマンショー。野次馬と消防士に囲まれて、9メートルもの長竿を突っ立てて固まる釣りバカにみんなの視線が集中する。
山川草木にまで見つめられてるような感じで、いたたまれなくなったボクは帽子のつばを深く降ろし、ゼンマイ仕掛けのようにぎこちなく回って背を向けた。
野次馬らの散るのを待つしかない。
やがて喧噪は収まったが、今度は鮎が釣れなくなった。
くしょ~、と河原の砂利石を踏みつけた。