これが自分の車となると些細な傷でもがっくり落ち込むものだ。
鮎釣りでは誰もが一度は経験することだが、ボクも河原に車を乗り入れてタイヤが埋まったことがある。それも買いたてのシビックだ。ふかすほどにタイヤが地面にめり込み動かなくなった。
困り果てていたら、地元のおじさんが軽トラでガラガラと降りてくる。ボクにはその人が白馬に乗ったナイトに見えた。
「埋まったんかしょ」
とナイトがチーンッと手鼻をかむ。
「ええ」
「よそから来た人がよう埋まるんやして。がはは」
と勇ましくおじさんは荷台からクサリを取り出した。
おじさんは再び手鼻をかむと、さかさかっとシビックと軽トラのおしり同士をクサリでつないだ。
「ええか、ワイがふかしたら一緒にふかせ」
いよいよ脱出開始だ。
軽トラのエンジン音が猛烈に上がる ボクもバックでアクセルをじわじわ踏んだ。カンカラゴンゴ~ンと砂利が車底に当たる。新車がぁ、とボクは顔をゆがめた。
シビックのおしりがチョット浮き、ずずずっと後ろに引っ張られる。
やったーと思った瞬間、。バーンッ! とものすごい音がした。同時にウォーというおじさんの悲鳴。
降りてみたら鎖がちぎれていた。軽トラから降りたおじさんの眉毛が8時20分になっている。
降車直後、ボクの眉毛は9時15分だったが、白ピカのシビックの後ろを見て10時10分になった。くっきりと真っ縦についた錆び色のクサリ模様。手でこすっても落ちないし少しへこんでいる。
脱出できたお礼にと精一杯の笑顔をつくったが、眉毛は9時11分ぐらいにしか戻らなかった。
ボクも痛かったが、一番痛かったのはシビック君だったろう。
河原に足を埋められ、石のつぶてを浴びながら引きずり出され、最後にクサリのムチでおしりをイヤというほどしばかれたのだ。
もしもシビック君の車内にアナログ時計が備わっていたら、11時5分につり上がった眉毛針が壊れるほどぴくぴく動いていたに違いない。