母を奈良の東大寺に連れて行った時のことだ。

 混雑する土産物売り場で後ろから誰かがこづくので振り向いたら鹿だった。

 無表情の鹿が客に混じって一緒に土産物売り場の中を回っている。
 ここってこんなんや、とその時はまだ微笑ましく鹿を見ていた。

 外に出て大仏様を目指していると年配のおばさんが1人ベンチで鹿にエサをやっている。
 いいところだな~と思っていたら、突然ドンッ! とおばさんが鹿に突進されて2メートルほど吹っ飛んだ。

 ボクはとっさに近くにあった植木の添え木を抜いて振り回しながら鹿に向かった。
 幸いおばさんに怪我はなく母と一緒に避難。

 鹿の標的はボクとなった。
 立木を挟んで鹿と対峙。

 遠巻きに野次馬が囲んで騒ぎになる。
 こんなにみんなに見られたら負けるわけにはいかない。
 う~神様仏様・・・・・・あっ、そうや大仏様~。

 だが鹿はでかい。
 そして何を考えているのかわからない不敵な表情。

 このタイプが人間でも一番やっかいだ。
 職場でも無表情で近づいてきてはビチッっと不意打ちをあててくる。

 くしょ~、たった今奈良の大仏様に変身できたなら、ちょいとつまみ上げていやというほど生駒山にたたきつけてやるんだがな。

 とか考えてたら、いきなり突進してきたぁー! 
 ヒェ~とへっぴり腰で棒をむちゃくちゃ振り回す。

 コツーン! へっ?

 なんかラッキーパンチみたいに鹿の頭に当たったみたい。
 鹿はピタリと動きを止めると全然効いてないよフン!
 てな感じで回れ右をしてスタスタと何処かへ消えていってしまった。

 野次馬のまばらな拍手で、一応勝ち名乗りを上げた格好のボク。

 肩で大きく息をして背筋を伸ばすと
 ジェームスボンドの様に襟を整えて母の手を引き
 
 鹿との闘いを見守っていただいた大仏様へのお礼参りへと足を進めたのでございます。